有罪道具温故知新 第4回「百苦タイマー」

今日は久しぶりにひみつ道具博物館の他の館の手伝いに駆り出されました。改めて館内を移動するとこの博物館の広大さが身に沁みますね。




空館や水館のような環境別の館や、カメラ館やロボット館のようなタイプで分けた館もありますが、本日お手伝いをさせていただいた館はそれらとは全く異なり、非常に重要な館……「宗教館」になります。





宗教館には様々な宗教にまつわるひみつ道具が展示されています。例えばこの「神様ごっこセット」

これは首から下げる賽銭箱と光輪がセットになったもので、控えめながらも装着者が他社の願いをかなえることができるといったものです。

他にも「断ち物願かけ神社」や「神さまロボット」等の様々な道具がありますね。




科学が発展し数百年以上も経った今、ここのひみつ道具の多くのように「神や仏の再現」をしようとしてきましたが、未だ完全に神や仏となったものはいません。おそらく到達するのがひみつ道具の終着点であり、その時は永遠に訪れないであろうと思います。




さて、今回はそんな宗教関連のひみつ道具から販売中止となったものをご紹介いたします。




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先ほどもお伝えした通り、今現在も普及している宗教関連のひみつ道具は神や仏の再現をするものですが、昔はまた違ったひみつ道具が主流でした。



昔主流だったのは宗教的実践の補助となるものです。




ひみつ道具というものが登場する前からそういった補助的なものは存在していました。神社は電飾で24時間明かりを安全に感じ、電子音源で仏教が流れ、マニ車は太陽光で永遠に回り続ける……一度に書くと神秘感は薄れますが、まぁ何はともあれ細々と何かしらの補助を科学側がしていました。そして、その延長としてひみつ道具も宗教的実践の補助をしていました。




宗教的実践の補助にも様々なものがありました。例えば仏壇等の宗教設備をご家庭でも用意できるようにかべがみシリーズで販売したりしてました。かべがみ仏壇にかべがみ礼拝堂、かべがみウドゥなんていうのもありましたね。




まぁ他の補助についてはいずれ詳しく話すとして今回のお話するひみつ道具の補助内容をお話しますか。今回のひみつ道具は……所謂「苦行」の補助として開発されたものです。




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苦行……ちょっと意味が変わりもしますが荒行ともいいますね。大本は精神的欲求を遮断することによって精神力を鍛えるものだったのが、後に身体に苦痛を与え精神力、そして神通力を引き出すものとなった……と伝えられています。



苦行荒行はそのシステム上非常に苦痛なものではあるのですが、年々その設備等の維持の方が大変になってきました。数日間三大欲求を一切満たさず過ごすといったものも毎日生死や安全の確認をしなくてはいけませんし、100日間寒空の中水行をするというのも自然が少しずつ失われていった時代ではあったので難しくなり始めていました。

それもあり、なんとか苦行荒行をやりやすい状態で出来ないかという要望が出てきて、それを解決するひみつ道具が必要となりました。

しかし、まぁ……苦行荒行を楽にする、なんてのは人間の強欲さを一瞬感じざるを得ませんが……まぁそれは一旦おいておきましょうか。



その結果、生み出されたひみつ道具というのがこちら。「百苦タイマー」ですね。これがあれば大自然のなか100日や1000日かけなくてはできない苦行荒行をなんとご家庭でたった100分で遂行できてしまうんです!!



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使い方は本当に簡単で、ボタンを押すだけ!

後は100分間ずっと座ってもよし、散歩してもよし!食事しようが寝ようが1分毎にきっかり苦行と呼ばれる現象が発生していくというものです。



このひみつ道具の仕組みを話す際になくてはならない素材の話をしなくちゃいけませんね。こちらはゴツゴーシュンギクをエネルギーとしてしようしています。

ゴツゴーシュンギクというのはひみつ道具が出来てまもないころに偶然発見された植物でして、他の植物からは採取できない運命値を放出し吸収する成分が含まれていたのです。

人だけでなくこの世のほとんどの物質が運命値というものを持っているのはご存じですか?この運命値の大小によってこれから発生する出来事が決まっていき、それらは他者や他物にバタフライエフェクトのように伝わっていきます。この発見はとんでもないもので、今までよく言われていた「運のない人」というのが科学的に証明されたという科学的大事件となりました。


このエネルギーは頻繁にひみつ道具に使われていて、宗教館にあるほとんどのひみつ道具が兼ね備えている願いをかなえる系の効果はこのゴツゴーシュンギクの成分によって発生しています。


百苦タイマーにも勿論大量にこのエネルギーが入っており、その運命値で無理やり苦行や荒行をさせるものです。

試しに百苦タイマーを持ってる人は分解してみてください。分解すると小瓶に液体が入ってまして、これがゴツゴーシュンギクの成分となっています。しかし正確にはタイマーから直接この成分が放出されるわけではなく、タイマーボタンを押した際の指に付着した極小の出力装置から放出しているんです。こうすることによってタイマーから離れても苦行は発生します。まぁ自ら苦行をしようという人が逃げることはないと考えたいのですが……万が一離れてしまうこともあるので大事な出力機能です。



さて、このひみつ道具は非常に簡単なつくりなのでメカニック的な話はこれくらいしかできないので、もう早くも「何故販売中止となったのか」の話をしますね。

一応、メーカーから発表された販売中止理由は「ご期待に沿えない製品であった為」となっています。

この「ご期待に沿えなかった」というのは別に苦行が軽かったわけではなくて、逆に重すぎたんです。


当時のニュースでも大きく報じられていました。「百苦タイマーで負傷者が続出」「百苦タイマーで初の死亡事故」……

百苦タイマーで起きる苦行というのは最初はまだ軽傷レベルで済むのですが、5つ目以降で重症レベルの苦行が発生してしまうので並大抵の人間では耐えられなかったのです。そのため多くの百苦タイマーが持ち主入院中の状態でメーカー側の中強制終了を行うという大パニックが起きたんです。まぁ当然と言えば当然ですね。



さて、理由は上記で終了なのでコラムとしては本来終わりなのですが折角なので余談をいたしましょう。


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先ほども言った通り、百苦タイマーは所謂苦行や荒行用に開発されたもので……行ってしまえば我々一般人用ではなかったわけですよ。なのに何故こんなにも負傷者が発生したのでしょうか?別にあの時代で修行者が多かったわけでもないのに。



これは今となっては信じられないかもしれませんが、インターネットの一部でちょっとした競争が発生していたんですよ。

古のインターネット掲示板[1]のデータが残ってましたので読みたい方はどうぞ読んでみてください。



「百苦タイマーランカースレ【転載禁止】part2」



百苦タイマーランカーの勢いはすごかったらしいですよ。日夜研究を重ねていかにして好スコアを満身創痍にならずにクリアできるのか。最終的には38が最高スコアだったらしいですが、なかなか今でも超すのが難しい数ですね。何せ30以降はどれも直接命を狙うような苦行が殆どなので……



百苦タイマーランカーの研究でどんどん対処法が生まれていきました。
「1つ目の苦行で無人で何もない部屋の中央にいれば自分で自分を殴るパターンしかないので一番耐えれる。」
「先に自ら苦行を与えて逃れれるか説検証結果」
「指に苦行を与えれば出力装置が動作不良を起こして1分ではなくなり、時間を引きのばせるのでは作戦」……
はたから見たら自傷行為好きのヤバイ連中に見えたかもしれませんが、彼らがやってることは古より人類が行ってきた強さ自慢に近いものがあったのかもしれません。
とにかく、そういった人たちが百苦タイマーを盛り上げた結果、苦行が一種のゲームへと変わり、予想以上に負傷者が増えていったというわけです。



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ついでなのでもう一つ余談を。百苦タイマーランカーも流石にこの苦行バランスの悪さには楽しみながらも辟易としており、当時そんな空気の中ささやかれていたこんな噂がありました。「このひみつ道具デバッグしてないんじゃないか」という心無い噂が。




ひみつ道具デバッグ[2]、もといテスト動作はほぼほぼ義務付けられています。基本的にはひみつ道具専門のデバッグ業者、もしくは販売会社が専属でデバッガーを雇っていたりするのでそういう方にやっていただいたりが基本ですね。勿論、百苦タイマーも例外ではありませんでした。


ここに百苦タイマーのテストケース[3]があります。

基本的には1分経つと苦行が発生するかの確認がひたすら100まで続いていて、100回目の苦行後に苦行が発生しないかの確認をする……いたって普通のテストケースです。しかも全てのチェックに「OK」が記載されています。つまり、これを実施したデバッグ担当の方は100の苦行を体験し、しかも生きているということなんです。そんな超人が昔にいたとはとても想像はできませんが……今回はこれしか信じれるものはないので信じるとしましょう。

しかしまぁ、デバッガーが解脱をしたとんでもない瞬間、観てみたかったですね。



何か問題が発生した際にひみつ道具デバッグは結果がなんであろうと写真等の映像メディアで残す決まりがありまして、勿論百苦タイマーの100番目の写真も残っています。それはおびただしい数の倒れている人々や破壊された車や家が移った写真です。デバッグ業務は何が起きても大丈夫なように複製された宇宙空間上で行うというのを前にお話ししましたね?今回もそこの地球で行われたのですが……どうやら100番目で1分間周囲に存在する人や物体全てに襲われ続ける行が発生したと記録には残っています[4]。


そんなの常人には耐えられないだろうと思うかもしれませんが、誰もデバッガーの方が耐えたとは言ってません。


このデバッガーはひみつ道具の数々を十分用意したうえで全て比較的無傷で

乗り越えようとしたのです。

苦行に耐えるのが行なのに、苦行を受けずに乗り越えるのは行なのか?と皆様方は思うかもしれません。

しかし、冷静に考えてみれば知恵を振り絞り努力して苦難を乗り越えているわけで、結果的には成長してますよね。どうもデバッガーと開発者で認識がずれてこうなったっぽいんですけど、すべて問題なく動作したという結果しか開発者と販売者はみないので問題なく「苦行に耐える」という認識で販売したというわけです。本当は「苦行を乗り越える」というレベルのものなのに!


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仏教の概念に中道というのがあるのをご存じですか?不苦不楽の中道ともいうらしいですが、そこでは快楽主義と苦行主義という極端なものではなく中道を行くことが涅槃への道だという教えらしいです。



ひみつ道具は快楽主義のものも多数あり、今回の百苦タイマーのような苦行主義もあります。その中間のひみつ道具を生むことが「神や仏の再現」という終着点につく方法なのかもしれませんね。






つづく



※1 インターネット掲示板

1990年代以降に普及したインターネット上の匿名コミュニケーションエリアのようなもの。現在でも利用者がごく少数いるらしい。



※2 ひみつ道具デバッグ

主にひみつ道具の操作で問題が発生しないかを確認する。最初期のころは開発者自身が行っていたが、ひみつ道具開発者の時間移動禁止法が発足したあたりから開発者では不可能なデバッグが増えてきたので他者依頼が今では基本となった。



※3 テストケース

どういったテストを行うかが事前に記載されたチェックリストのようなもの。このテストケースに沿って基本的にはデバッグを行う。


※4 100番目の苦行

当時のインターネットでは100番目の苦行はタイマーの数字が1になる、つまり苦行は永遠に終わらないというのが一番の苦行であるという都市伝説があるが、これはもちろん嘘。100番目が終わった後も続くことなくタイマーが0になって終わるだけである。本来は音声や認定証で盛り上げる計画だったが、褒美の為に苦行をやるのはいささかなものかという意見が出た為無しになった。