有罪道具温故知新 第6回「無生物さいみんメガフォン」

今、送迎宇宙船の中でこの文章を書いてます。

というのも、今日は墓参りに来てるんです。勿論一人で。








昔っから家族だろうが友人だろうが、誰かと墓参りに行くのは苦手でしてね……

ほら、墓参りって星の数ほど多くのマナーや作法が山のような種類あるでしょ?

それにビクビクしながら行くのが嫌なんですよ。

大体、なんで愛する命亡きものに挨拶をするのに、命あるものを意識しなくちゃいけないんですかね?






まぁそれはさておき、今回は大事な墓参りだったこともあり「墓星」に直接墓参りをしにいこうというわけです。







昔は個人個人で納骨されているお墓のスペースがある状態だったのですが、年々そのようなスペースが減っていきましたね。

それもあり、現在では遺骨を一つの人工惑星にまとめて保管し、墓参りの時のみ地球の墓地センタービルに転送されるという自動転送式納骨堂システムが主流になりました。

ただ、死者の魂も転送されるのかという疑問を抱く方も多かったので、このように墓星に直接出向く送迎宇宙船[1]で行く方法もある……というわけです。








今日お墓参り、もとい逢いに行く故人は……恥ずかしながら私の彼女ですね。もう100年以上前の話にはなりますが、私のことを間違いなく愛していて、そして非常に美しい心を持っている女性でした。






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さて、受付で遺骨住所を教えてもらったので、ベアリングロードで移動しながら今回のコラム主題を書きますね。






なんでこのコラムで私の個人的な墓参りの話をしたかというと私の彼女と今回ご紹介する回収騒ぎのあったひみつ道具が深く関係しているからです。




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今回ご紹介するひみつ道具は2115年に未来デパートから発売された「無生物さいみんメガフォン」になります。






催眠、というのは意識に暗示をかけることを指します。これを人類や動物以外の無生物[2]にかけることが出来るのがこのメガフォンなんですね。

意識のない無生物にどう催眠をかけるのか、と皆さん気になるかもしれませんが実は前提から誤っています。無生物も意識というものを持っています。あくまでその意識で動かす稼働箇所や発声システムがなかったり、あったとしてもそれを意識と連結することが出来ていないだけであって、それさえできれば我々生物とさほど変わらないわけです。







無生物さいみんメガフォンの凄いところは度を越した催眠が可能という箇所ですね。

例えば人間に「あなたは目を覚ますと鳥になる」という催眠をかけたとしましょう。するとその人間は目を覚ますと腕をバタバタさせながら鳥のように歩いたりするでしょう。しかし、鳥になったのは意識だけであり体は人間なので腕を振ったところで飛ぶことは出来ません。







無生物さいみんメガフォンの場合は相手が無生物です。

無生物に鳥になるように催眠をかけるとどうなるか。例えば本にかけてみますか。まずその本が鳥を知っているかで変わります。本が鳥を知る。本には勿論目はついていないですが意識として周りにあるものは感じ取れるそうです。つまり箱にずっと入れられた本よりは、窓際に置いてある本の方が鳥にはなりやすい……という理論のようです。こういうのは無機物科学学者に聞いた方が詳しく聞けるとは思いますが、私はそうではないのでこれくらいの軽さで説明します。







そして意識に鳥がある場合はメガフォンからでる特殊な電波で物質の仕組み等を微量に変えていきます。ページや背表紙と意識を連結させ、中に微量な筋肉を発生、そして鳥の飛行法を記憶で連結させ……とまぁ色々な変更が起きて最終的に鳥になる、というわけです。なかなか専門知識が多いものなので、今ので理解していただけるとは思いませんが……とりあえず、無生物の方が意識以外の要素が0に近いので、人間のような意識以外にも身体が存在し連結されているものより催眠の自由が効きやすいというわけです。






このひみつ道具は凄いロングセラーでした。当時の売れた理由としては生活必需品以外の物を手に入れる為というのが多かったです。車とかスポーツ用品、楽器当の必需品以外の物を他の物質への催眠で代用する。場所も取らないし本物と同じ能力は出せる、まぁ売れないわけがないですよね。







なんでそんな便利なひみつ道具が回収されたのかというと、ちょっと違う使い方をする人が多くあらわれたからなんですね。

催眠で物質は鳥や楽器になったりしました。物質に限界はないに近いでしょう。

なら、人になることも可能だということです。






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いつからだったんでしょう、無生物さいみんメガフォンで様々なものを人として扱うようになったのは。最初は利便目的に近かったはずですが。

例えばどうしても出かけなきゃいけないときに子守が必要だとか、どうしても野球をやるのに人数が足りないとか。そういったときに無生物さいみんメガフォンで水だったり複数の石に向かって「君はベビーシッターだ」とか「君は野球選手だ」といえばそれらは催眠にかかり役目を果たします。

そしてどんどんどんどん無生物は人間になっていきました。ゲームを一緒に遊ぶ友達、食事を一緒にする家族のような人、そして一番多かったのは……自分を愛する彼女や彼氏。

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ちょうどいいですね。今書いている間に彼女の遺骨スペースに到着しました。よろしかったらなんですがこのコラムを読んでる方も、彼女にご挨拶していただけると幸いです。誰かと墓参りするのは嫌だとは言いましたが、いろいろな人に挨拶していただけると彼女も喜ぶとおもうので。

どうぞ皆さんも箱の中身を見てやってください。大丈夫です、人間の骨なんて入ってませんから。箱に入ってるのは……今や何の変哲もないサイコロと指輪ですからね……

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私の彼女は無生物さいみんメガフォンで催眠をかけたサイコロでした。サイコロは最も古く原始的な遊戯品であり、ランダムでありながら論理的、すべてに答えが出せる完璧な存在と言っても過言ではありません。

最初は私も軽い気持ちで「ゲームを一緒に遊ぶ友達が欲しいな」と思いサイコロに催眠をかけました。






とても楽しかったです。最初はゲームをするだけの友人だったのですが、次第に会話[2]もして……食事も一緒にとりましたよ。最初は食事というものを上手く理解できていなかったので大変でしたが、最初は牛乳を飲むところから始めていつかは普通にご飯やパンを食べるようになりました。……そしていつからかお互いを深く愛していました。あの時ばかりは私も一種の催眠に近いものを受けていたのかもしれません。ただのサイコロだったものが、美しい女性に見えてたのですから。私のことを理解し、愛してくれる。でもちょっと寂しがり屋でたまに泣き虫な……そんな彼女が。





いつしか彼女と外に出かけたりしていました。はたから見たらサイコロを持って歩く男にしか見えないでしょうが、さほど問題ありません。その頃は無生物をパートナーにするという一種の流行が発生していたので、私と同じく多くの人間が理想の無生物と暮らしていました。





何故無生物は人と長く暮らした際に人を愛したのか。明確にまだその現象は解明されていません。現在一番有力なせつは一種の刷りこみ現象[3]なのではと言われています。まぁいくら論じても無生物をパートナーとして迎え入れていた人はどうでも良いと思っていたでしょう。なんてったって愛しあっていたことには変わりがないのだから。







そんなブームが数年続いた後ですか。回収騒ぎになったのは。回収理由も納得できるような納得できないようななんとも言えないものでしたよ。だって「人口爆発の恐れがある為」ですよ?





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無生物によりリアリティのある催眠をかければかけるほど、それはほぼ人間と同等になりました。中には無生物の住民票や無生物との結婚式を挙げてるひともいましたからね。もう人間に近いでしょう。

言わずもがな当時から、そして今もですが……無生物と生物どっちが多いと思いますか?まぁ当たり前ですが無生物ですが。どんな場所でも生物の方が無生物より多かったことはありませんから……このまま無生物がどんどん生物になっていくと、地球はどうなるのか。当時の人口で90億人だったので、単純に全員が一度に無生物を生むと180億人になるわけですよ、数時間で。






そのころには既に政府により「人生200年計画[4]」があったこともあり、政府から無生物の増加をしないように無生物さいみんメガフォンを発売していた未来デパートに命令が下って、全ての無生物さいみんメガフォンが回収されることになりました。発売から数十年経ってから回収される、非常にレアなケースでしたね。





恐らく皆さんは無生物さいみんメガフォンを使ったこともないでしょうから、ご存じないでしょうね。無生物さいみんメガフォンは電源を切ると今まで催眠をかけた無生物の催眠が解けるんですよ。電源を切れば羽ばたいていた本は読み物となり、楽器となっていた机はまた物を置くだけの物質と変わります。





勿論、私の彼女もそうです。メガフォン回収後回収は……物言わぬ立方体に変わっていましたから。




当時、無生物をパートナーとして扱った人々は本当の意味で葬式状態になり、合同の葬式も本当に行われました。私も別れるのは本当に悲しかったのですが当時葬式に参列し、サイコロを並べました。催眠状態のときに渡した指輪と一緒に……。




恐らく現代でこのコラムを読んでる人にとっては対物性愛の話に聞こえるかもしれませんが、対物性愛とはまた異なったあの時代にしかなかった友情や恋愛があったということは皆さんに知って頂きたいです。







無生物さいみんメガフォンの機能が解除された無生物の意識がどうなるか。当時は所謂死に近い状態であると仮定されてましたが、先日様々な研究により別の説が有力であると発表されましたね。その説は「意識の中に催眠状態の記憶が残るが体が動かない、所謂夢を見ているのに近い状態」というものです。








この説を聞いてたまらずこの墓星に来た、というわけです。死んだわけじゃない。いつかもしかしたら目が覚める機会が訪れるかもしれない、と。






今、サイコロと指輪の入っていた箱に毛布を入れました。ゆっくり寝ていることでしょう。いずれ無生物に人権が与えられた際にまた会いましょう。その時は一緒にゲームして、牛乳を一緒に飲みましょう。



つづく

[1]送迎宇宙船

どこでもドア等の超空間移動では行けない箇所に移動するための宇宙船。墓星は太陽系外に作られた人工惑星であり、遺骨へのいたずら等が無いように超空間バリアが施されている。そのため送迎宇宙船を使用するしかない。因みに墓星内はひみつ道具の持ち込みが禁止されている。

[2]無生物

生物以外のこと。魂学(魂の発見に伴い出来た学問)以降は魂の入ったものが生物と定められた為、現在生物を指すものは人間や動物、虫だけでなくロボットも生物として定められている。

[3]会話

無生物の多くは口を持っていない。当初は無生物さいみんメガフォンで催眠をかけると無生物から口を無理やり出現させる方向で設計していたが見た目がよろしくなかった為、製品版では透明な口や喉と同じメカニズムを発生させる催眠が可能となった。そのため無生物でも会話や食事が可能となる。

[4]刷りこみ現象

一瞬で記憶したものが長時間続く。一部の鳥にみられる、最初に観たものを親と思う現象がそれ。今回の場合は一番最初に意識が確認したものをパートナーと認識しているのでは?という説。

[5]人生200年計画

科学技術によって人の寿命が200年まで伸びる可能性が出てきた為、それによって生活様式を今までとは変えようという計画。

古に人生100年計画というのがあった。現在は人生400年計画として「400年以上の延命は地球だけでなく宇宙でも賄えなくなる為禁止とする」と制定された。